閲覧権とコンテンツ税を読み解く

先週6日に早稲田大学で開催された「知的財産セミナー」(主催:早稲田大学知的財産本部)で講演した、角川グループの会長・角川歴彦氏は「厳しすぎる日本の著作権法が、萎縮効果を生んでいる」と指摘。YouTubeに代表される革新的なWeb 2.0企業を日本で誕生させ、コンテンツ産業を育んでいくためには、制度的なイノベーションが必要であるとコメントした。
 同氏の見解では、YouTubeiTunes Storeの成功は画期的な技術に支えられたものではなく、むしろビジネスモデルの新規性と、米国で1998年に制定された「デジタルミレニアム著作権法」(DMCA)に代表される緩やかな著作権の仕組みに支えられたものである、という。厳しすぎる国内の著作権法によって、日本の企業は多少でも著作権侵害の可能性のある新規事業にためらいを見せており、それがコンテンツ産業の発展に悪影響をもたらしているというのである。

http://ascii.jp/elem/000/000/092/92334/

ここまでは大多数の人が納得する内容だと思う。問題は次だ。

 同氏が提案する「閲覧権」は、ユーザーにはコンテンツを自由に楽しむことを許す一方で、非常に安価な閲覧料を徴収するなどし、著作者にも一定のお金が入るような仕組みを考えていくものだという。信頼性の高いDRM技術の導入によって、ユーザーの利用状況を集中管理し、「広く、薄く、あまねく」対価を徴収できれば、平等で、著作者、事業者、国民(ユーザー)の権利のバランスが取れたシステムが可能になるのではないかというのが主旨である。

http://ascii.jp/elem/000/000/092/92334/

 ただし、これに対しては批判もある。法政大学 社会学部 准教授の白田秀彰氏は、まず「閲覧権」という言葉の使い方自体に違和感があると話す。

http://ascii.jp/elem/000/000/092/92334/index-2.html

これってそもそも著作権の一部という考え方なのか。この文章から閲覧権の概要がつかめないので別の記事を引用させてもらう

 角川氏は、2つのリスクを解消し、2つの誤認を取り除くための方策として、国益の視点から著作権法を見直し、新たに“閲覧権”という権利を創設すべきと主張する。例えば、映画の収益では、劇場公開による「一次利用」、DVDパッケージの販売やレンタルによる「二次利用」といったモデルがある。角川氏は、インターネットによる配信を「三次利用」と位置づけ、映像を閲覧したユーザーから、視聴料金とは別に料金を徴収する権利として、“閲覧権”の必要性を訴えた。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2007/12/06/17780.html

まだ良く分からないんだけど、「閲覧権とは配信会社のシステムを使ったことに対する視聴料金とは別に、コンテンツ製作者に流れる料金を徴収する権利」ということでよいのかな?

この定義で閲覧権を考えると、コンテンツをこのインフラ上で配信する権利がいくらという話ではなく、コンテンツが何回配信されたからいくらという捉え方になる。これってそもそも法律として扱う必要はあるのだろうか。だって、配信会社とコンテンツ製作会社がそのような契約を結べばいいだけじゃないですか。つまり、デジタルコンテンツに関しても印税、ロイヤリティーの制度を導入しようということではないのだろうか?

権利という名前の付け方は不満だが、この構想は実行する価値があると思う。


閲覧権はひとまずおいておいて、コンテンツ税についても考えてみる。

 白田氏は、ハーバード大学のウィリアム・フィッシャー教授の説に言及しながら、「ある国の経済規模全体に占めるコンテンツ産業の規模は、おおよそ決まっており推計可能だ。その推計をもとに、税あるいは課徴金として国民が毎年一定額を支出することにより、国民がコンテンツ産業全体を買い上げることができる」と説明する。

http://ascii.jp/elem/000/000/092/92334/index-3.html

コンテンツ税という考え方は少なくとも僕は納得がいかない。それは以下の理由からだ。

集権的である
お金を集めて分配するということは、そこに権力が集中するということ。結局、利権うんぬんが発生して製作者にお金が入らないことにつながる。
分配するに値するコンテンツの数は有限という前提がある
梅田さんは人類総表現時代という表現を使っているが、プロに肉薄するような製作ツールが比較的安価で手に入るようになった現在、誰でもコンテンツの発信者になれる。たとえば、このブログのように一般人が無料でメディアを持つことができる。サイトを持たない人ですらニコニコ動画にアップロードして、表現することができる。そういう時代ってことだ。経済に寄与しないということだけで、こういう人たちに分配する考えというのは完全に除外されてしまっている。これは差別ではないのか。

ちょっと空気読めてないよね。コンテンツ税は入るべき製作者にお金が入らない仕組みとしかいえないと考えます。この制度はだめだ。


今日は改善案を提示せずにおわるw