コンテンツが保護される理由 - 商業的価値と保護のバランス感覚

1年以上前の記事ですが、あまりにもすばらしいので

私が常に考えているのは、その根本である「著作物の商業的価値」を、
如何に時と共に減衰させられるか、という点にあります。
(中略)
私が最も危惧するのは、その保護の強さが一律に決められようとしている点にあります。
前述のとおり、許される保護の強さは、対象となる著作物の商業的価値によって
異なるものなのです。ディズニーは、あるいは強い保護を続けていても愛され続ける
かもしれません。でも、もっとマイナーな作品はどうでしょうか。

http://c-kom.homeip.net/review/blog/archives/2006/04/post_265.html

Ajaxルネサンス、地動説の何がすばらしいって、それは昔のものを現在の技術と組み合わせることで新たに認められる概念として昇華されたことにあるんですよね。著作権の保護を一律に長期間、ないし、永久に保護してしまうことは、このように新たに現れる概念の芽を摘むことになります。著作権の保護をすることで、著作権保有者に益が生まれるのであれば、保護は大いに結構ですが、保有者が不必要と判断すれば保護を制限するように法律は変わるべきではないでしょうか。例えば、延長については申告制に変えるとか。

制限としたのは、他の人があたかもそれを自分の作品として発表するのを防ぐなど、発案者の権利を守るためです。